「自力救済の禁止」をご存じですか?
貸主のみなさまが、心を痛めたり頭を悩まされてしまう、賃貸借契約期間中に起こる借主との様々なトラブル。
なんとか解決しようと努力されることと思います。
ですが、解決のための努力とはいえ「自力救済」は禁じられています。
「自力救済」とは何か、具体的な例と共にお伝え致します。
「自力救済」とは?
自力救済とは、何らかの権利を侵害された者が、司法手続きによらず実力をもって、自らの権利の回復を果たすことをいい、法律上、原則として禁止されています。
例えば、借金の事例でいえば、お金を借りた人(債務者)が、借金の返済期間を過ぎても返さない場合に、お金を貸した人(債権者)が、債務者の家に出かけて行き、債務者の金品を強奪するような行為です。
そのような行為を認めては社会の秩序が保たれません。
もし仮に、債権者が債務者の家に押し入り、債務者の金品を強奪した場合には民事上は『不法行為』が成立します。
また刑法上は『住宅侵入罪』(刑法第130条前段)、『窃盗罪』(刑法第235条)、『恐喝罪』(刑法第249条)、場合によっては『強盗罪』(刑法第236条)が成立することもあり得ます。
トラブル事例
こんなトラブル事例があります。
東京地裁 平成28年4月13日判決
①賃借人(原告)
②家賃保証会社(被告)
③賃貸人
事実関係
①賃借人は賃貸人との間で、アパートの一室の賃貸借契約を締結。
②賃借人は、家賃保証会社との間で保証委託契約を締結。
③約6年後、賃借人は家賃2ヶ月を滞納。
家賃保証会社は、賃貸人に対して、滞納賃料を立て替え払いした。
④家賃保証会社は、賃借人に対し、期日を指定し家賃の滞納分の支払いを書面で請求。
⑤書面到達から約10日後、家賃保証会社は、建物の玄関ドアに補助錠を取り付けて、賃借人を建物に入れないようにした。
その後、賃借人は、ネットカフェ、公園、コンビニ等で夜を過ごした。
⑥数日後、賃借人は家賃保証会社の担当者に対し「違法行為ではないですか。」と問いただしたところ、担当者は「そんなの知らない。」などと返答した。
⑦翌月、家賃保証会社は、建物に立ち入り、賃借人の家財・設置物等を撤去し処分した。
その直後に賃借人は建物を訪れ、家賃保証会社による家財撤去行為があったことを認識した。
⑧補助錠の設置から9日後、賃借人は新しい仕事の寮に入り、ホームレス状態から脱した。
⑨そこで賃借人は、家賃保証会社に対して損害賠償を求めて訴えを提起。
裁判所の判断は・・・
裁判所は、家賃保証会社が行った、建物の玄関ドアに補助錠を取り付けた行為は「原告の住居たる本物件の立ち入りを強制的に遮断する行為であり、不法行為責任を免れない」と判断しました。
また、家賃保証会社が行た家財撤去行為についても、裁判所は「本件家財撤去行為は、刑事において窃盗罪または器物損壊罪に処せられるべき行為であって、被告は不法行為責任を免れない」と厳しい判断を下しました。
そして、家賃保証会社が処分した家財に関する損害金。
9日間にわたって賃借人がホームレス状態を強いられ、家財を処分されたことで、その後の生活に多大な不便や経済的支出を強いられたことの精神的苦痛に対する慰謝料。
弁護士費用としての損害金を認定し、家賃保証会社に対して支払いを命じました。
賃貸人による不法行為責任を認めた事例
さきほどの件は家賃保証会社による不法行為の事案ですが、賃貸人が自力救済をした場合でも、賃貸人が民事・掲示責任を問われることになります。
自力救済を理由に、賃貸人による不法行為責任を認めた事例があります。
例1
賃貸借契約の更新拒絶に絡んで、賃貸人が店舗のシャッターを取り替え、シャッターに『閉店』の貼り紙をし、店舗の営業をできなくしたことから、裁判所が賃貸人である法人およびその役員に対して損害賠償を命じた事例。
東京地裁 平成30年8月8日判決
例2
駐輪場所の扱いや居室の利用状況に関する軋轢に絡んで、賃貸人が居室の玄関のドアと鍵を付け替え、居室内の家財道具を屋外に搬出し居室を使えないようにしたことから、裁判所が賃貸人に対して損害賠償を命じた事例。
東京地裁 令和元年9月13日判決
自力救済とは認定されなかった事例
警察官立会いの下で開錠し、警察の要請により鍵を交換した行為が自力救済には当たらないとされた事例もあります。
理由は、
①何らかの違法行為ないし違法状態があるものと認識した警察官の言葉を受けて、現場保存のために建物の鍵を交換したものであったこと。
②物件の鍵を交換した後も、玄関横に貼った案内文に従い管理会社の担当者に連絡を取りさえすれば、交換後の鍵を交付して建物に立ち入りことができるようにしていた。
これらのことから、賃貸人が建物の使用・収益を不可能としたものとはいえないとされたのです。
まとめ
賃借人との間でトラブルが生じたとしても、賃借人に無断で鍵を交換したり、室内の動産を処分してしまうと、賃貸人や家賃保証会社・管理会社は、損害賠償責任を負う可能性があります。
賃貸借契約は継続的かつ長期間の居住を予定した契約ですので、入居中に賃料滞納、騒音、修繕など、当事者間に様々な紛争が生じることがあります。
しかしながら、民事上の紛争は、実力行使で解決を図るものではなく、法律が予定している民事訴訟等の手続きに則って解決することが必要となります。
問題解決のためと自ら行動を起こす前に、契約書など準備し、専門家への相談からはじめることをおすすめ致します。